ゲブリューダ ビング/創立:1865年/国名:ドイツニュールンベルク
 ゲブリューダ・ビング社はイクナツクとアドルフのビング兄弟がブリキ製品や台所用品の会社を1865年にドイツニュールンベルグで設立したことに始まりました。 その後、1890年頃から、エナメルを塗ったおもちゃやブリキ製のおもちゃの製造を開始し、テディベアブームが頂点に達していた1907年に最初のテディベアをつくりました。
 この頃ドイツでは、シュタイフ社のテディベアが市場を独占していましたが、そこにビング社はあえて戦いを挑む形になりました。そのため、当初のテディベアはシュタイフ社のベアに似ていました。その中でも菱形に 「GBN」とイニシャルを入れた金属の矢を耳につける仕様は、シュタイフ社からあまりにも自社のベアに似ているという理由から訴訟を起こされ、最終的には「GBN」のタグの使用を全面的に取り止めました。1920年頃からはデザインも変えるようになり、ベアの鼻は長めで、鼻づらのステッチに特徴があり、口元はわらっているのが特徴です。
 元々ブリキのおもちゃの製造からスタートしているので、機械仕掛けのベアが特に有名で、1912年に製造された「ローラースケートをするベア」や「宙返りをするベア」などがあります。

 1932年にベアの製造を一時中断しているためそれ以前に製造された機械仕掛けのベアは、コレクターにとって貴重なものとなっています。

 「ブリキのおもちゃに乗っているベア」や「本に入っているベア」「卵型のガラスに入っているミニチュアベア」などユニークな構成になっています。



「クリス」1998年の日本限定

 ディーンズ社は1903年に創業しました。現存するイギリスのテディベアメーカー の中で最も古くに創業していますが、テディベアを製作し始めたのはすこし後になってからです。初めは布製の絵本の製作で知られ、「ディーンズ・ラグ・ブック」という社名でした。布をつかったおもちゃを作る技術を生かして、ぬいぐるみ全般の中のテディベアとして製作していましたが、1930年頃から本格的にテディベアの製造に取り掛かりました。1930年代から40年代にかけて作られたテディベアは上質のフラシ天を使用し、ボディには木毛が詰められており高品質です。

 第二次大戦中には工場は軍需品の生産を行なった為この時期にはテディベアも他の製品も作られていません。その後、ディーンズ・ラグ・ブックは輸出用のぬいぐるみ製作を専門とした子会社として、サセックス州のライに「チャイルズ・プレイ・リミテッド」を設立しました。その後も業務拡大に伴い、工場の移転や社名の変更などを行いましたが、卸売りぬいぐるみメーカー、グウェントイ・リミテッドを買収した事をきっかけに、1974年から1980年にかけて、グウェントイのポンティプール工場に移転しました。1980年代になるとコレクター向けの限定生産ベアも多くデザインするようになり、1981年には画家のノーマン・ロックウェルのイラストをモチーフにした3種類のベアを製作、1983年には80周年の記念ベアを限定生産しています。1984年にはドッティ・エイヤーズとの協力によって「テディB」と「テディG」を製造し人気をはくしました。1986年にはプレイントークにより買収され、社名をディーンズ・カンパニー・リミテッドとして再出発しました。1988年に会社は自己破産したものの、現在の社長ニール・ミラー氏により営業権は買い戻され、広がりすぎた業務範囲をテディベア1本に絞り品質を上げた結果、その由緒ある「ディーンズ社」の社名を再認識させる事となりました。1990年には「ディーンズ・ラグ・ブック.CO.Ltd」の社名使用権を買い取り、ディーンズ・ラグ・ブックの頃のシリーズのレプリカがコレクター向けに作られたり、1930年代のデザインを復活させるなど、コレクターの注目を集めています。


↑このページのTOPへ

GUND

「ガンド社 創立100周年 記念ベア」

 ガンド社はアドルフ・ガンドによるすぐれたデザインを掲げ、1898年に創設されました。

 テディベアが注目され始めた1900年代初期、ガンド社は優れたデザインを掲げテディベア業界の先駆者として登場しました。

 1910年ニューヨークにおいて本格的な会社組織となり、ガンド氏の作品もいくつかの賞を受けました。そして1925年、アドルフ・ガンド氏引退に際し、当時工場長として働いていたジェイコブ・スウェドリンに引き継がれました。
 その後会社はスウェドリンとその兄弟たちの手によってますます大きくなり、特に生産過程は技術の向上によって発展を見せました。1948年にディズニーキャラクター生産の専属ライセンスを取得、また、40、50年代にはキング・フィーチャー&ハーベイコミック社のキャラクターも製作するなど、キャラクターのライセンス商品も積極的に製造するほか、可愛らしく暖かみのあるぬいぐるみを製造する事にも力を注ぎました。
 1940年代から60年代にかけてのジョイントのないソフトなタイプのデザインは有名です。いずれも質のいい生地と多くの人に好まれる色あいなど、どれをとっても素晴らしいものでした。
 また、1963年から1993年にかけてプーさんのシリーズをシアーズ社というデパート専用に作ってきました。そして1994年にはクラッシック・プーのライセンスも取得し成功を続けています。他にもミッキー、ベビーミッキー、ダンボ、キュリオス・ジョージ、ビジーワールド、ベイブ、ディルバート、ババールなどのキャラクターも数多く手掛けています。

↑このページのTOPへ


ヨハンナ ハイダ/創立:1985年/国名:ドイツ ゾネベルグ

 ヨハンナ・ハイダ社は、1985年にヨハンナ・ハイダによって設立されました。と言っても、このテディベア達は、あのシュタイフ社に負けず劣らぬ古い歴史を持っているのです。それは、設立者のヨハンナ・ハイダのお母さんであるマーサ・ミューラーのテディベアと共に生きた一生をお話しすれば、納得してもらえるでしょう。

 19世紀のはじめ、おもちゃ産業が栄えていたドイツでは、世界中の需要に答えるため、ベアも含めそのほとんどは「コテージファクトリー」とよばれる地方の何百という小さな工場でつくられていました。
 そんな頃ヨハンナ・ハイダのお母さんマーサ・ミューラーはおもちゃ産業の中心地であったドイツのゾンネベルグの近くの小さな村で生まれました(1906年)。彼女は貧しく幼い頃からテディベアの「コテージファクトリー」で働いて収入を得ていました。そこで得られた収入は、ささやかながら一家の生活の支えとなっていたのです。

 しかし、第2次世界大戦でドイツが東と西に分かれ、マーサが住んでいた東ドイツでは盛んだったおもちゃの生産が制限されることになり、マーサが働いていた「コテージファクトリー」も閉鎖され、収入の道を絶たれたマーサは1957年、娘達との亡命を決意し、命がけで西ドイツに移り住みました。

 そして、ふたたび西ドイツの「コテージファクトリー」でテディベア作りの仕事をすることができ、それ以後の人生をテディベア作りに費やしたのです。彼女が亡くなったあと貴重な財産であるマーサのテディベアのパターンは娘ヨハンナ・ハイダが受け継ぎました。これをもとに、母の愛したテディベアを絶やすことなく、広く世界に広めようとヨハンナ・ハイダ社は、設立されました。

 このように長い歴史と確かな職人技に裏づけされたテディベアたちを、「生涯の友」として世に送りだすことをめざしているメーカーです。

↑このページのTOPへ

 メリーソート社は、イギリスの代表的なソフトトーイのメーカーで、1919年に G.ホームズとH.ラクストンが、共同で小さな紡績工場を作ったのが始まりです。

 1920年代の合成繊維の発明により、多くの紡績工場が仕事を失う事になり、二人の紡績工場も例外ではありませんでした。しかし、取引先に玩具工場があったことをきっかけとして、1930年にメリーソート社として、玩具メーカーの世界に入りました。

 メリーソート社の玩具作りの歴史は、試練の連続でした。第二次世界大戦中は、他の玩具メーカーもそうであったように、メリーソート社も、軍需物資を生産せざるをえなくなり、陸軍用に階級章やヘルメットの紐、防毒マスクの袋などをつくり、大戦の終了を待ちました。

 そして、戦後、やっと玩具作りを再開できるようになった矢先に、1946年におきた大洪水で、戦前からの貴重なサンプルをたくさん失うという不幸に遭いました。

 しかし、幾多の不幸を乗り越え、ぬいぐるみを生産し続けた結果、1958年にヨーロッパの最高権威である、 ニュールンベルグ・フェアに商品を出展し、内外より高い評価を受け、メリーソート社の商品は、多くの人の知るところとなったのです。

 さらに、1955年のブリティッシュ・トーイ・フェアに出品された、ベルベットの柔らかい鼻筋と大きな耳、そして、その耳に入れられた鈴を特徴とするテディベア:チーキーはメリーソート社の最大のヒット作となり、その後何種類ものチーキーが作られ、今も多くのテディベアファンに愛されています。

 チーキーの名前の由来は、エリザベス女王がこのぬいぐるみをご覧になって、「この子ってチーキー(なまいき)じゃない。」と言われた一言からきています。

 メリーソート社は今も、従業員及びその家族の幸せと、「ひとつのぬいぐるみがお客様の笑顔と幸せを生みますように。」ということを最大の目標としているメーカーです。
 日本では(株)かなる が日本総代理店となっています。

↑このページのTOPへ


ラス ベリー
創立:1963年
国名:アメリカ ニュージャージー州

 全米でも指折りの総合ギフト、トーイメーカーであるRUSS BERRIEは、1963年、ニューヨーク近郊の パリセイズパークで、ノベルティー商品の販売会社として出発しました。

 設立後、間もなく「ファジー・ワジー」というキャラクター商品が大当たりをし、大きく成長しました。 それをきっかけに、さらに社長のラッセルの柔軟で消費者第一の考え方が、売上急増につながり、世界規模の販売網を持つトーイメーカーとなり、今に至ります。

 RUSS BERRIEは、ぬいぐるみのほかに、陶器の人形・マグカップ・ポスター・キャンドル・人形などの「衝動ギフト」と呼ばれる物などを製造、販売しています。RUSS BERRIEのテディベアは、動物の皮や動物からとったものを一切使っていません。全ての材料は、非アレルギー性で、表面は洗うことができ、各国の安全基準を満たしたものを使用するというポリシーのもと製造されています。

 RUSS BERRIEベアは、その可愛らしさはもちろん、高い品質・柔軟性・手ごろな値段により、世界各国で好まれているワールドワイドなベアです。


シューコ/創立:1912 年/国名:ドイツニュールンベルグ

 ビング社の元社員ハインリッヒ・ミュラーは、1912年にドイツのニュールンベルグでパートナーのハインリッヒ・シュライヤーとともに、シュライヤー・アンド・カンパニー(通称シューコ)を設立しました。
 第1次大戦で二人は兵役に服し、その間は一時工場を閉鎖しました。戦争から帰ると工場を再開しましたが、シュライヤーは会社を去り、ミュラーは新しいビジネスパートナーとしてアドルフ・カーンを迎えました。

 シューコ社は、主に独創的なデザインのベアの開発に力を入れていました。そのうちの多くは、ぜんまい仕掛けが内蔵されており「行進するベア」や「でんぐり返しをするベア」など動くベアを多く製造しました。
 また、ミニチュアのテディベアのメーカーとしても有名であり1924年に発表した「ピッコロシリーズ」は独創的で女性のハンドバッグに入るミラー、コンパクト、口紅、パウダー、香水瓶などが内蔵されているベアを開発しました。これらは今ではコレクターの間で大変高価で売買されています。

 シューコ社の専売特許となっている「イエス・ノー・ベア」は尻尾のレバーを動かすことができます。 「トリッキー」はこの「イエス・ノー・ベア」であり、きれいな音がするぜんまい仕掛けのオルゴールが、内蔵されています。
 現在でも購入する事ができる、シューコ社の独創的なベアの一つとなっています。

↑このページのTOPへ


シュタイフ/創立:1890年/国名:ドイツ

 1880年、南ドイツの小さな町ギンゲンに一つのぬいぐるみメーカーが設立されました。創立者はマルガレーテ・シュタイフという女性でした。完全な男性社会であった当時のドイツ経済界において、これは異例のことでした。

 わずか6体の象のぬいぐるみの販売からスタートしたシュタイフ社は、マルガレーテの強い意志と想像力により、6年後には5066体ものぬいぐるみを生産し、1893年にはライプツイッヒ・メッセに参加するまでに発展しました。

 そして、マルガレーテの甥のリヒャルト・シュタイフが、シュトゥットガルトのアートスクールを卒業後、1897年にマルガレーテの事業に加わりました。シュトゥットガルトの動物園やハーゲンベクシェン動物サーカスで昔スケッチした絵をもとにして、ぬいぐるみをデザインし、製造する事に心血を注ぎました。

 リヒャルトが制作した、珍しい糸ジョイントのBar(ベア)・55PBが、ニューヨークの玩具卸売業者ジョージ・ボーグフェルト・アンド・カンパニーのヘルマンバーグの目にとまり、1903年のライプチッヒ・フェアでバーグから 3000体の注文を受け、これがシュタイフ社のテディベア事業の幕開けとなりました。 シュタイフ社のテディベアが、ルーズベルト大統領令嬢の結婚パーティーの飾り付けに使用され評判になったのもこの頃です。
 シュタイフ社は1903年からこの時期をベア年(Barenjahre)と呼んでいます。

 1907年1年だけで、シュタイフ社は97万5000体という、いまだかつて超えた事もないような数のテディベアを生産しています。

 ぬいぐるみメーカーとなった今でも、丹念な手作りの伝統を残すシュタイフ社は、テディベアの老舗として 世界中の人々に認められ、トレードマークである金属ボタンを左耳につけたテディベア達は、ハイクオリティーテディベアとして、コレクター達だけでなく、世界中の多くの人々に愛されています。
 シュタイフ社の敷地内には、貴重なシュタイフ作品を展示したミュージアムが設立され、一般の人々に開放されており、テディベアの聖地として、毎年多くのテディベア愛好家が訪れています。

↑このページのTOPへ

 1971年、パリ郊外に設立されたトラセリア社は、フランスでも有数のベビー・トーイのメーカーです。 本来、ベビー用品のマーケットへ向けた商品のため、ヨーロッパの安全基準であるCEに合格している商品で、衛生面はもとより、全てに最大の注意をはらって作られています。パイル地で作られたトラセリアのベアやバニーは、丸洗いすることができることが特徴です。

 このベビーベア達は、トラセリア社のオーナーでありデザイナーでもあるJossette and Francis TROUSSELIR夫妻の手によって誕生しました。そこには、創業以来一貫して、柔らかいイメージとカラーを重視した上品なデザインと選び抜かれた素材を使い、品質の高い商品を提供することを守りつづける確かな理念が感じられます。

 現在、フランス国内の有名デパート、有名ブティック、ベビーショップ、ヨーロッパ各地のコンランショップのほとんどで扱われており、今もっともトレンドな商品として評価されています。



↑このページのTOPへ

APAN TEDDY BEAR ASSOCIATION. All Rights Reserved.